Introduction

グローバルヒストリー研究は、世界の主要な大学が今や注目する研究テーマになりつつある。2006年には、ケンブリッジ大学出版会より、新しい雑誌 Journal of Global Historyの刊行が始まった。イギリスでは、ロンドン大学政治経済学院(LSE: London School of Economics and Political Science)には、グローバルヒストリー専攻のマスターコースが開設され、大陸のライプツィヒ、ウィーン、ワルシャワ大学の3大学と連携した教育プログラム(MA Global Studies: A European Perspective. エラスムス計画)が展開されている。ウォリック大学にも、グローバルヒストリー研究講座が開設された。ヨーロッパには、ライプツィヒ大学に事務局を置く European Network in Universal and Global History (ENIUGH) という組織があり、 2008年7月にドレスデンで'World Orders in Global History’と題する第2回会議が予定されている。アメリカでは、後述のようにカリフォリニア大学を中心してグローバルヒストリー研究が展開されてきたが、東海岸の雄・ハーヴァード大学歴史学部でも 2008年2月に、'Global History, Globally'と題する国際会議が開催される。

 

アジアではどうだろうか。中国では天津の南開大学・歴史学院には世界史講座があり、シンガポール国立大学ではアジア研究センター(ARI: Asian Research Institute)でもグローバルヒストリー研究が開始されている。日本でも、前述の阪大でのセミナーに加えて、2007年度には、理系の研究者も加わって東京大学教養学部で連続講義「グローバル・ヒストリーの挑戦」が開講された。筆者も、2006年の日本西洋史学会の公開講演「世界史とヨーロッパ史」で問題提起を行った。こうした事例に見られるように、今やグローバルヒストリー研究は、世界の学界で注目される大きな研究潮流になりつつある。

 

では、これほどまでに注目されているグローバルヒストリー研究とは、いったい何なのか?従来の世界史研究とはどこが違うのか?この根本的な問いかけに対して、現時点で明確な答えはない。グローバルヒストリー研究では、従来の一国史の枠組みを超えて、ユーラシア大陸や南北アメリカなどの大陸規模、あるいは東アジア・海域アジアなど広域の地域を考察の単位とする。グローバルヒストリーでは、 (1) 古代から現代までの諸文明の興亡、 (2) 明・清時代の中華帝国、ムガール帝国、オスマン帝国などの近世アジアの世界帝国やヨーロッパ諸国の海洋帝国など、帝国支配をめぐる諸問題、 (3) 華僑や印僑(インド人移民)などのアジア商人のネットワークや、奴隷貿易・契約移民労働者・クーリーなどの移民・労働力移動(diasporas)の問題などの、地域横断的(trans-regional)な諸問題 、さらに、 (4) ヨーロッパの新大陸への海外膨張にともなう植生・生態系・環境の変容など、生態学(ecology)・環境史(environmental history)に関する諸問題、 (5) 近現代の国際政治経済秩序の形成と変容などが、その主要な研究課題として注目されている。現在は、世界各地の研究者が、それぞれの立場から問題提起をしている段階にあり、ハーヴァードの国際会議のテーマが象徴するように、世界の主要なグローバルヒストリー研究の諸潮流を改めてつきあわせて、ゆるやかな連携を模索することが求められている。

 

だが、グローバルヒストリー研究にはいくつかの共通項がある。それは、従来の一国史的な歴史研究の枠組みを相対化すること、国民国家・国民経済に代わる広域の地域や世界システム・国際秩序などの新たな分析の枠組みを模索することである。その背後にある根本的な問題意識は、現在の歴史研究の混迷である。近年の歴史学研究は、環境破壊と地球温暖化、労働力移動と移民、経済構造の変容(アジア諸国のめざましい経済発展と日本経済の停滞)、伝統的な価値観のゆらぎとハイブリッドな文化の登場など、グローバル化の急速な進展にともなって生じている現代社会が直面するさまざまな諸問題に対して、問題提起できるような関心や問題意識を喪失してきた。「言語論的転回」や言説分析に安住して、実社会のニーズと乖離した「アカデミックな」研究に逃げこんできた歴史研究は、学問としてのインパクトも失ってきた。こうしたマニアックな研究状況を前にして、少なくとも、国境を超えて急速に進展するグローバル化を歴史的に捉え直して、将来の人類社会や地球の行く末を展望する知恵と勇気を提供する。明示的ではないものの、グローバルヒストリー研究興隆の背後には、現代社会に対して問題提起できなくなった歴史学のあり方を何とかしたい、そのためには、従来の一国史的な常識をとりはらって、改めて、一体化していく世界、地球社会のたどってきた途を再考してみたい、という潜在的な問題意識があるように思われる。

 

大阪大学でのグローバルヒストリー研究では、2つのキイ概念を重視している。「比較」と「関係性」がそれである。この2つの概念に着目しているのは、阪大だけではない。グローバルヒストリー研究の第一人者である LSEのパトリック・オブライエンも、以前から、比較と関係性が重要であると主張してきている。他の研究プロジェクトにおいても同様であろう。国家の枠組みを超えたトランスナショナルな歴史、広域の地域史・世界史を考えようとすると、必然的に比較と関係性を考えざるを得なくなる。

 

比較に関しては、マルク・ブロックや斎藤修の方法論的研究があるので、いまさら繰り返すまでもない。ある特定の歴史事象を考察・分析し、それを評価する際に、われわれは必ずどこかで何らかの比較を行っている。何と何を比較するのか、比較の視座が問題になるにしても、比較史の観点を取り込んだ研究は容易であろう。わが国の学界でも、いわゆる「戦後歴史学」、特に封建制の解体や資本主義体制への移行、工業化の展開を論じた比較経済史学はその典型であろう。

 

だが、大阪大学の研究プロジェクトで強調しているのは、比較よりも「関係性」(relationship, linkage, connection)の観点である。この点で同大学は、川北氏による優れた関係史研究の蓄積を有している。世界システム論の枠組みを活用した社会経済史研究、お茶・砂糖・煙草などのモノに着目した都市生活社会史研究がそれである。同時代の世界諸地域での出来事を、相互につなぎ合わせて関係づけ、一体化していく世界のなかでの諸地域の位置と役割を再考し、いわば「輪切りの世界史」像を考えていく関係史研究では、つなぎと関係を描くうえで、ある程度の実証性が必要になる。一見すると何の関係もないと思われる歴史事象や諸地域を、全体の構造のなかに位置づけ直していく作業が必要になるのである。大阪大学では、当面、近世以降の世界経済=近代世界システムの形成・発展・変容の歴史的過程を関係史的視点から考察することを通じて、政治経済(political-economy)史の側面からグローバルヒストリー研究を構築することを目指している。

 

 

秋田茂「グローバルヒストリーの挑戦と西洋史研究」『パブリック・ヒストリー』5号(2008年)、34-42頁より

(※なお、文章は一部改変しています。)